【学校運営】「小学生への出前授業(平和学習)」

 本校は農業、工業、商業、家庭の4学科の特性を活かした「出前授業」を実施しています。主な対象は小学校や中学校、地元主催の各種イベント等です。例えば、グリーン環境科(農業)では「田植え・稲刈り体験」、電子機械科では「ミニ四駆やドローンサッカー」、ビジネス管理科では「ビジネスマナー教室」、生活デザイン科では「クッキング体験」などがあり、校内・校外で年間を通して実施し、特に小中学生の皆さんに、専門科ならではの学びを体験してもらっています。

 専門科以外では「平和学習」もあります。これは、私(古原)が、祖父小田三郎訓導の話を、講演という形でお伝えさせていただくというものです。紙面でも、『我が祖父小田三郎訓導~戦後七十七年の終戦記念日に寄せて~』と題した文章を、これまで本校ホームページに3回ほど掲載しています。「訓導(くんどう)」とは、現在の職名では「教諭」にあたります。小田三郎訓導は、終戦直前の夏休み、生徒全員を防空壕に逃がし、最後に自分が入ろうとしたときに敵機に撃たれて亡くなった小学校の先生であり、私の母方の祖父です。私がこの文章を書こうと思った理由はいくつかありますが、第一は、祖父の話を後世に伝えるのは孫である私の責務だと感じたからです。また、祖父について詳細を(ある程度)具体的に述べることができるのは私しかいないとも考えたからです。この文章を書いて以降、講演をさせていただく機会がありました。以下に紹介します。

 令和5年11月 日出町立日出小学校創立150周年記念式典 記念講演
 令和6年12月 日出町立川崎小学校 平和学習(4年生)
 令和7年 7月 別府市・速見郡・杵築市の小中学校教員の学習会
      8月 日出町立日出小学校 平和学習(6年生)
      9月 別府市立南立石小学校 平和学習(6年生)

 日出小学校の「創立150周年記念式典」での講演は、恐れ多く感じましたが、当時のことを知る方々も来賓等で出席されており、私としても貴重なお話をうかがうことができ、たいへんありがたく感じました。また、記念式典の新聞記事を見た恩師や友人・知人から連絡があったことも嬉しい出来事となりました。

 小学6年生・4年生の「平和学習」では、1・2コマ(授業時間)の講演を行いました。高校教員として毎日高校生を相手に授業をしているので、小学生に話すことに多少の不安はありましたが、講義調ではなく対話を重視し、問いに対して考えたり答えたりしてもらいながら進めました。児童の皆さんは一生懸命に聞いてくれたうえに、質問や感想も積極的に挙手して発言してくれたので、私は驚きとともに感動まで覚えました。

 私は回を追うごとに、対象に応じた内容と展開に改善・工夫を凝らしています。特に、「導入」「まとめ(振り返り)」の部分であり、『授業構想』と共通するものです。例えば、日出小6年生には、導入時に日出小の現校長先生の小学6年生のときの顔写真を見せ、「これは誰でしょう?」と尋ねました。校長先生は私の幼小中高の同級生、幼馴染であり、本人の許可を得て当時の写真を見せました。少年剣道をしていたのでボウズ頭です。「校長先生はなぜボウズ頭に?」という問いには、以下の選択肢で答えてもらいました。

 ① 当時流行りの髪型
 ② 悪いことをした
 ③ 剣道に励んでいた
 ④ お寺の息子だった
 ⑤ あばれる君のマネ

 自分の思う答えに手を挙げてもらいましたが、最多が「② 悪いことをした罰」であり、これには後ろでご覧になっていた校長先生も苦笑いなさっていました。また、至近の南立石小6年生には、振り返りとして『確認テスト』を取り入れました。キーワードを3つ問うものであり、「3つとも平仮名では4文字!」というヒントを添えたところ、ほぼ全員が正解していました。

 今年、戦後80年を迎え、戦争の記憶は薄れるばかりですが、今なおロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ・ガザ地区を筆頭に、世界では紛争・戦争が絶えません。自他のかけがえのない命を大切に、戦争や紛争のない平和な世界を希求し、自ら行動する子どもたちであってほしいと願ってやみません。そのために私は、私ができることとして、祖父小田三郎訓導の「出前授業」をさせていただいています。本校は4学科を中心に、幅広いジャンルの「出前授業」を展開していますので、小学校や中学校をはじめとして、対象や目的に応じてご利用いただければ幸いです。文責:古原(指導教諭)

【参考】日出小6年生の感想の一部 ※添付した写真もそのときのものです
○自分も周りの人のことを考えていきたいと思いました。
○戦争は、相手を傷つけるだけでなく、その人のすべてをうばってしまうことなのだと、改めてわかりました。
○小田先生には、もっとやりたいことがいっぱいあっただろうなあと思った。
○戦うための武器は、作ってはいけないと思った。作っても、両方傷つくだけなのに。
○あったことをなかったことにしないように、次の世代に戦争のことを伝えていきたい。                        ○一人でも多くの人に自分の知ったこと、考えたことを伝えていきたいと思いました。