卒業式 式辞

式 辞
                                                           
 3月を迎え、吹く風にもほのかに梅の香りを感じる今日の佳き日に、本校から旅立とうとしている第76回生の皆さん、卒業おめでとうございます。また、これまでお子様を物心の両面で支えてこられた保護者の皆さまにおかれましては、感慨一入のことと存じます。お子様のご卒業、まことにおめでとうございます。本日、卒業証書授与式を挙行するにあたり、倉本英太郎PTA会長ならびに古賀直樹同窓会副会長のお二方にご臨席いただきましたことに深く感謝申し上げます。
                                  
 さて、卒業生諸君、本校からの旅立ちを直前にして、今、君たちの前に広がっているのはどのような世界でしょうか?君たちには、眼前の世界はどのように見えているでしょうか?
                                   
 私は、現在の世界は、3つの多様な側面で成立していると捉えています。
第一には、ある意味で、人類の夢がそして悲願が叶いつつある側面です。その人類の念願とは何か?それは、長寿、長くなった個体としての人間の生命です。平安時代の人々の平均寿命は、約30年だったと言われています。そして、それが50年を越えたのは、今からわずか75年前のことでした。このような状況の最大の原因は、飢餓です。我々の祖先であるホモ・サピエンスは少なくとも20万年もの間、飢饉や食糧不足に苦しめられてきました。20世紀が来るまで、ヒトは飢餓を攻略することができなかったのです。したがって、種としての発祥以来、我々人類が最も望んできたのは、個体としての長い生命、長寿であったことは疑いのないところでしょう。残念ながら一部ではまだ残るものの、飢餓という最大の問題をおおよそクリアした人類は新たなフェーズを迎えています。
                                             
 第二の側面は、第一の側面の恩恵とも言えるものです。現在、男女とも平均寿命は80歳を越え、「人生100年時代」を迎えました。そして、君たちも今後、80年以上生きていくでしょう。いわゆる定年年齢も引き上げられ、現役世代の上限も大いに上がってきています。これは、人間の言わば「青春」の期間の延長を意味し、従来のキャリア意識は更新されるべき時代に入りました。
 一方、我々が手に入れた「人生100年時代」では、個人個人で解決しなければならない問題や課題が増えてきています。いわゆる常識というものも少しずつ薄らいでいって、結婚や出産、家族の在り方、ひいては働き方までを個人が選択し、判断し、解決していかなければならない時代です。今、「解決していかなければならない」と表現しましたが、これはやはり「解決していける時代」と肯定的に表現するべきでしょう。我々の祖先たちが切望した長寿の後に「人生100年時代」が実現しているからです。
                                           
 そして、現代が持つ第三の側面は、地球温暖化に代表される環境問題の顕在化です。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は昨年の7月、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した」と発言しました。さらに、深刻な災害や戦争、少子化問題に代表される社会課題、LGBTQ+を含むさまざまな人権問題などが山積している時代でもあります。まさに地球規模の課題があふれている、苦難に満ちた側面です。
                                          
 この、三つの多様な側面を備えた時代と高校までの学び、本校での学びはどう結びつくのでしょうか。私は、この点について、3点指摘して君たちへの餞のことばとしたいのです。
                              
 まず、第一には、本校での主に各教科・科目の授業等を通した学びについてです。確かに、高校の授業で扱った細かい内容の一つ一つが実生活で常に有用であるかは疑問です。しかし、各教科、つまり数学には数学の、歴史には歴史の「見方・考え方」というものが確かにあって、そういった教科・科目の本質の部分はきっと人間の役に立つに違いないと私は思っています。それぞれの教科・科目の「見方・考え方」は、結局は社会課題や人生の問題の解決のアプローチの違いとなり、人々によって有効化されるはずです。

第二には、哲学対話についてです。君たちは、本校での三年間、哲学対話に取り組んできました。身近だけれど抽象的な、ふだんはなかなか捉えきれないテーマについて、一人ひとりが自分の頭で考えてきた。そこで、体得したのは、物事をゼロベースで捉えようとする、そして、自分事として把握しようとする姿勢です。君たちはこの精神的態度を哲学対話を通じて育んで来た、「人生において恐いものは必要か」などという命題に真剣に取り組んだ、考え込んだ経験はほとんどの高校生は持ち得なかったでしょう。
                                 
 第三には、読書と思索。君たちは、朝読書という地道な帯活動によって、読書力を蓄えてきました。「人生100年時代」で、そして、知識基盤型社会において真に必要なのは、自分自身の知識を自分で更新し続ける能力ですが、その更新の基本は、やはり読書、あるいは文字情報からのインプットなのです。
                   
 卒業生諸君、以上のような本校での学びを手がかりにして、そして、足がかりにして、先ほど述べたような多様な側面を併せ持つこの時代を逞しくしなやかに生きていこうではありませんか。
 確かに、現代には苦難に満ちた課題が山積している。しかし、歴史的に見れば、我々人類の前には何らかの課題は常にあった。そして、困難な局面でもプラスの面に目を向けることこそがフェアな精神的態度です。地球温暖化は確かに深刻ですが、その原因は科学によって究明された。試されているのは、我々の具体的な行動です。加えて、この地球は、そして我々を取り巻く自然は時に雄々しく、時に受容的で美しい。君たちが100年間生きていく人生はやはり生命の輝きと熱に満ちている。
                 
 最後に、3年間、卒業生諸君を支えていただき、本校の教育活動にご理解とご支援をくださった保護者の方々、大変ありがとうございました。
 卒業生諸君が確かな自信と勇気を常に持ち、そして、知性尊重の精神を備えた人生を送ること、さらに、世界が一刻も早く平和を取り戻すことを強く祈って、式辞といたします。
                                                 
令和6年3月1日                         大分県立中津北高等学校 校長 清永 伸一