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学校からのお知らせ

2学期の「終業式」が行われました。
2012年12月21日

IMG_0829-1.jpgのサムネール画像

  

 今年も残すことあと10日ほどになりました。今年平成24年を振り返ってみてどのような一年だったでしょうか。私も本日の式辞をつくるにあたり、この一年間、皆さんにどのようなことを式辞で伝えたか振り返ってみました。私は、本来は、生物の教師ですので、科学的分野を題材に、「皆さんは、無限の可能性がある存在である。夢と希望を持って自己を鍛えてほしい」というメッセージを送ってきました。 

「夢と希望をもってといわれても、何をしたらいいのかわからない。自分の将来が決まらない。自分の可能性って本当に無限大にあるのだろうか。」など、漠然とした、将来に対する思いが皆さんの中にきっとあるだろうと思います。今日は「無限の可能性を信じ、夢と希望を持って自己を鍛えた」そのロールモデルとしてふさわしい人として、2010年4月5日から2週間、スペースシャトル・ディスカヴァリー号に搭乗した宇宙飛行士の山崎直子さんの話をしたいと思います。機会があって、以前、私が山崎直子さんの講演会に参加して、聞いた話の一部です。 

 山崎さんが宇宙飛行士を目指したのは、アメリカのスペースシャトル・チャレンジャー号の事故で命を落とした、元高校教師である女性宇宙飛行士の存在が大きかったそうです。高校受験の勉強で、深夜まで起きていて、たまたま、打ち上げを、テレビの実況中継でみていたそうです。スペースシャトル・チャレンジャー号は、打ち上げから、わずか73秒後、爆発し、その残骸は、大西洋上で砕けちり、彼女は6名の宇宙飛行士と共に亡くなりました。その時の衝撃は、15歳の少女には計り知れなく大きなものがあっと思います。

 当時、教師を目指していた山崎さんにとって、その女性宇宙飛行士の存在が深く胸に刻まれ、いつしか、宇宙飛行士になりたいという夢にかわったといいます。山崎さんは、様々な選抜試験や訓練を経て、2010年スペースシャトル・ディスカヴァリーに宇宙飛行士として搭乗し、その夢を、叶えることができました。山崎さんが、国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士に決定されたのが1999年でしたから、実際の搭乗までに、11年の歳月がたっていました。

 その11年間山崎さんは、宇宙飛行士になるための多岐にわたる選抜試験や訓練を受けました。訓練科目は基礎的なものだけでも230科目もあったそうです。世界の宇宙開発の現状や航空宇宙工学、サイエンスの知識、英語、ロシア語などの語学、その他、軽飛行機の操縦、サバイバル訓練などです。特に大変だったのはサバイバル訓練だったそうで、ロシアの宇宙船に搭乗したと云う設定で、宇宙から帰還したとき宇宙船ソユーズが、マイナス20度のロシア雪原に着陸したという想定で、3人でチームを組み、一枚の地図とコンパス、そして非常食だけで、2泊3日を過ごしたそうです。

  山崎さんが試験に合格したのが1999年、基礎訓練を終えたのが2001年、実際に搭乗したのが2010年。その11年間は、必ず宇宙へ行くことが約束されたわけでもなく、また、「いつ行けるのかも分からない」。宇宙飛行士にとって、11年間という長期間ににわたる大変な訓練を、山崎さんはどのようにしてモチベーションを維持し続けたのでしょうか。「夢をかなえるため」という理由だけでは、難しいことだと思います。「次はどんなことが、起きるのか、それを楽しむ気持ちでいよう。仕事には、努力とともに、楽観的に物事を『受けいれる覚悟』が大切だ」と、語っています。

 

 無限の可能性のある皆さんに期待して2学期終業式の式辞といたします。