全日
普通科
全日
HOME > 学校からのお知らせ > 『心の絆』(校長通信)第34号『過去に学ぶ』「自己決定権について」

学校からのお知らせ

『心の絆』(校長通信)第34号『過去に学ぶ』「自己決定権について」
2013年12月02日

期末考査が先週末で終了した。終わったことはもういい、振り返りたくないと言っても、「過去は問わない」となかったことにする訳にはいかない。点数が付いて返却されるし、誤答ノートの提出もある。君たちに注意したいのは、同じ間違いをしないことだ。今回失敗しても、入試本番でうまくいけばそれでいい。3年生も、ここまできたらそのように割り切ることだ。

今週の通信のテーマは、「過去に学ぶ」にした。自分でも、それを実践し、昨年の校長通信でどんなことを書いていたかを調べた。昨年の33号を出した日付は、11月28日。中身を見ると、テーマは「頑張る」、3年生の受験、期末考査秋の夕暮れの美しさ銀杏の落ち葉と掃除する大変さなどの話題が続いていた。

校長通信2534の1.jpg

言えることは、同じ人間が、同じ季節を見ているからこうなる。(変わらない)学校も、毎年ほぼ同じサイクルで回っている。しかし、若い君たちは、一年分成長し、人間的に大きくなった。3年生も、去年はこの時期に受験を意識することなど無かった。ところが、教室の仲間が「公欠」をもらい、受験に向かっている。校長室に面接練習に来ている人がいる。自分も、受験生として、センター試験や私立大学の入試に向けて、懸命に闘っているはずだ。過去に学び、失敗から学んだことを、今後にどう生かせるかを問題にすべきだ。

温故知新』という故事がある。「古いこと、昔の人の言葉や書物を研究し、追求することで、新しい物の見方、考え方を自分のものにし、自分の生き方を見つける」くらいの意味であろうか。「以て師為(た)るべし」と続くが、その部分の解釈はまたの機会に。

言えるのは、君たち若者には、自己変革の可能性が満ちあふれているということ。間違いや失敗は、新たな自分を創造するためには、必要なのであり、その可能性を秘めた者を、若者というのではなかろうか。

フランスの代表的な作家で、「狭き門」を書いたアンドレ・ジイドは、こう語っている。「改造すべきは、単に世界のみではなく、人間だ。その新しい人間は、どこから現れるだろうか?それは外部からでは決してない。友よ、それを君自身のうちに見出すことを知れ。各人の中には驚くべき可能性があるのだ。君の力と君の若さを信ぜよ。絶えず言い続けることを忘れるな。『僕次第でどうにでもなるのだ』と」(「新しき糧」より)

自分の生き方を追求することを止めず、常に個人と社会、魂(精神)と肉体などという二律背反に悩んで、様々なことにもがき苦しんだ結果、すべては僕(自分)次第なのだと、自己決定の大切さを説いた迫力あるジイドの言葉であり、堀口大学の訳だ。

自己決定」という言葉で、私が真っ先に思い出すのは、詩人のまどみちおさん。現在104歳のまどさんの詩は、易しい詩と特有の言葉、言い回しなどで世の中の物事を鋭くえぐり出している。

ナマコは だまっている

でも

「ぼく ナマコだよ」って

言ってるみたい

 

ナマコの かたちで

いっしょうけんめいに・・・

「ナマコ」というこの詩の中に、自己決定の重要性が隠されている。自分が自分であることの大切さと置き換えれば、「くまさん」や「ぞうさん」(昨年35号で紹介)などの詩を思い浮かべる人もいるはずだ。

先週の故事成語『画竜点睛を欠く』の、『』の字にも注目してほしい。『晴』ではない。言葉一つ、一文字たりとも忽せにしない気持ち、鶴城で過ごす一日一日を大切にと、そこまで考えてくれるとなお嬉しい。(忽せ、を読めるだろうか。読めないという人は、担任に尋ねてみよう。そうして、一つ一つ知らないことを、自分のものにしていくのが学びだ。)先週の話題の一つ、芥川龍之介の『』にも注目してほしかった。姓名判断では、一画の違いで人生も変わるという。

人権講演会」があった。浅利さんの講演を聴いて、どのようなことを考えたか、自分の生き方に何か変化が起こったか、それが楽しみだ。今週は秋田(全国高文連研究大会)に行く。昨年は、山口県に行き、『金子みすゞ』を通信で紹介した。一年が経つのは速い。

校長通信2534の2.jpg 『浅利さんの本