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学校からのお知らせ

『心の絆』(校長通信)第25号『中間考査終わる!』「未完成の自覚を持て」
2012年10月06日

先週号では「未完成の自覚をもって、絶えず努力してゆくところに青春はある。」という亀井勝一郎の言葉を、君たちへのメッセージとして贈った。自己満足に陥ってはだめだとも亀井は言っている。

中間考査も昨日をもって終了したが、その結果はいかがであったかと振り返ってほしい。中間考査に向けて、最大限の努力をしてくれたことと信じる。結果は満足行かなくとも、その努力が大切だ。

「校長通信に『未完成の自覚をもって、努力するのが青春だ』と書いてあったから、中間考査に向けてしっかりとがんばりたい」と学級日誌(2-6)に書いてくれた生徒がいた。

まさに、その通り。たゆまぬ努力こそ、青春の証しであり、未完成であるが故に、努力を欠かすことは許されない。その未完成であるという「自覚」が大切だし、そこに大いなる可能性もあるわけだ。一つ一つ返却される答案に、君たちの無限の可能性が秘められている。そんな風に考えて見てはどうだろうか。

さて、いよいよ、『鶴城俳句大会』(夏の部)結果発表である。夏にケジメをつけよう、『この夏を象徴する俳句を選ぼう』と毎回紹介してきたが、いつの間にか秋が来ていた。

最優秀賞には、

ちょうちんの明かりで探す友の影(1-1加嶋さん)

また、優秀賞には、

17の夏思い出刻むビッグベン(2-4甲斐さん)

せみの声字を書く音で消えていく(3-2上村くん)

と、このように優秀作品を選んだ。

夏祭りに一緒に行った友とはぐれ、友を懸命に探す作者の姿が、祭りを彩る提灯の灯りでシルエットのように浮かび上がってくる。夏の一コマをうまく切り取ってくれたこの作品を最優秀賞に選んだ。

また、俳句には、作品を通して、作る者の姿=自己が色濃く反映される。もちろん、俳句に限らず、創作とはそういうものなのだが、優秀賞に選んだ2つの作品には、自己にしか経験し得ない体験が、5・7・5=17音の俳句となって結実している。

17の夏」は、その出だしの言葉が痛烈な印象を与え、俳句が青春を切り取った一枚の写真となった。また、「せみの声」は、受験生の夏の一瞬を紡(つむ)ぎ出した。字を書く音より、せみの声の方が大きいのは当然だが、勉強に集中している自分には、文字を書いている音の方が大きいと感じられた。自分にしか作れないものを、夏の思い出としてこうして作品として「ものにしてくれた」ことに感謝する。読み解くのも、解説するのも私にとっては楽しい作業でした。

秋きぬと目にはさやかに見えねども

風の音にぞ驚かれぬる 藤原敏行

この古歌を引用して、秋の到来間近なことをお知らせしたが、まさにその秋がやってきた。今週は出ごとが多く、校内を廻る機会も少なかったが、一階1-6の教室横から、体育館に向かう通路の脇にある『キンモクセイ』に一斉に花が付いたのに気付いた。

厳密に言うと、視覚で金色の花を判別するより先に、鼻がキンモクセイの香りを捉えた。どの学校でもこの樹は植えられているので、私にとっては毎年の恒例行事のようにも思えるが、今年もまちがいなくキンモクセイの香りが風に乗って、秋を運んできてくれた

10/2しゃしん1

反省としては、この名歌を引用した際(23号)に、文法的に言うと致命的な間違いをしでかしたこと。そこで今回は、お詫びの意味も兼ねて、こうして紹介した。たった、一つの文字の違いだと言って済ませられない、大いなる間違いなのである。藤原敏行様、そしてこの通信を読んで下さっている皆様方にお詫びする。どんな間違いかは、23号があればすぐに解る。

校長も「未完成の自覚」を持たねばならない。このように毎週毎週通信を書いていれば、間違いがあって当たり前と、寛容な心で許してくれたのであろうか、国語科の先生方からの指摘はなかった。読んでくれてないのではなく、暖かな気持ちで読み飛ばしてくれたのは、私にとって幸いであった。精進して頑張って書いていくので、これからも読んでほしい。

季節の変わり目、日中と朝夕との気温差も激しい。体調管理にも気をつけて本格的な秋を迎えたい。