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学校からのお知らせ

『心の絆』(校長通信)第37号 『心に木を植えよう』「新年の誓い!」
2012年01月14日

『心に木を植えよう』「新年の誓い!」

昨年末の終業式で、「掃除は何のためにするか」と尋ねた。式後すぐに、生徒から「学校への感謝の心を表すため」と回答をもらった。また、ある先生からは「(清掃の清の字に整えるという意味があるので)心を整えるため」と答えてもらった。

その後、冬休みに入りPOSTにも、2通の回答が寄せられたので、これを紹介してみる。

「そうじをすることと、人の心はつながっていると思います。自分の部屋がちらかっていたら、心の中も整いません。そうじをすることによって、心の中もキレイになるし、笑顔もふえます。」(2年中濱さん)

「(掃除とは)まわりをキレイにすると共に、心をリセットすることである。」(2年福井さん)

これらの回答に共通するのは、『』という言葉。掃除をすることは、外見・外観を美しくし、見た目を整えるということだけでなく、内面をキレイにすることだと言っている点である。もうここまできたら、正解と言っていい。私の考えた解答は、「掃除とは己の心を磨くこと」というものであった。

心を磨くのは、かなり難易度が高い。修行といっていいかもしれない。先日の始業式では、司馬遼太郎の「21世紀に生きる君たちへ」の一部を朗読した。その中に、「自分に厳しく、相手にはやさしくするには、訓練が必要で、その訓練をすることで自己が確立されていき、たのもしい君たちになっていく。」とあり、「君たちはつねに晴れ上がった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。」と締め括っている。

ここにも、心の中を美しくするための心構えが書かれてある。司馬さんの使った「訓練」の意味を辞書で確認すると「ある能力や技術に習熟させるために、教えて練習させること」とある。やはり、心の中を美しくするには、そして心を磨くには、何らかの訓練や修行が必要なのである。君たちの心の中にある最も美しいものは、自らが意識して磨かねば輝かないし、眠らせておいたなら、『宝の持ち腐れ』となる恐れ大。

学校で毎日掃除をすることの意味は、こんなことにあるのではないでしょうか。最初に紹介した中濱さんは、「自分の部屋がちらかっていたら、心の中も整いません。」と書いてくれた。君たちは、自分の部屋を自分で掃除しているであろうか。そして教室や部活動で使う部室も日頃から綺麗にしてくれているであろうか、などと心配する。校長室も綺麗にしておかねばならないのは言うまでもない。(二重否定は強い肯定)

さて、新学期が始まった。3年生にはいよいよ受験が間近に迫ってきた。しかし、焦ることはない。自分がやってきたことに自信を持ち、先生方の教えを信頼し、最後のアドバイスに耳を傾けることも大切だ。そして、1・2年生も君たちの頑張りを見ているし、応援もしてくれている。来年、再来年の自分の姿を重ねて、後に続こうと見守ってくれている。3年生の頑張りが、下級生にとっての希望となるのである。

新年早々の職員会議で、先生方に今年のキーワードは「心に木を植える」にしようと訴えた。「教育という営みは、木を植えることと同じで、長い年月(としつき)が必要で、成長して、やがて花が咲き、実を付けるのは、いつのことかともどかしい思いもあるが、そこにこそ喜びがある。」生徒ひとりひとりの心に種を植え、水をやる努力をとお願いした。水は「授業であり、学校の様々な行事や活動である。」のは言うまでもない。さあ、君たちはいつ花を咲かせるか

しかし、何事にも、受け身であってはならない。自分で花を咲かせようとする意志、水や栄養分を吸収するための力、努力や継続する力なども重要になる。3学期は始まったばかりである。夢や目標の達成のために、前を向いて一歩一歩踏みしめていくしかない。

新年の誓いを、俳句の形にしようと呼びかけたら、たくさんの応募をいただいた。次回から少しずつ紹介していくことにする。まずは一言お礼を。

「年賀状です」

スキー

《思い出の一枚・羊蹄山をバックに》

今年も愛読のほどよろしくお願いします