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学校からのお知らせ

総合学科 観光ボランティアに参加!
2016年09月22日

9月22日(木)、佐伯市主催の観光ボランティアに本校総合学科の[2年]白井優衣・髙畠永遠・山本葉月・[3年]甲斐正崇・河野彩加・近藤維宏・廣瀬菜緒・松本綾乃・森光雨音・渡邉いづみの10名が参加しました。佐伯市役所観光課とさいき観光ガイドの会の皆様に「櫓門」と「歴史と文学の道」を案内して頂き、観光や歴史について教えて頂きました。11月19日(土)・20日(日)に開催される西日本B-1グランプリinさいきでは、市外からいらっしゃる方々に佐伯の魅力を伝えたいと思います。

 

<佐伯の歴史いろいろ>

・櫓門に向かって左側と右側の石垣は老朽化の度合いが違う。右側の方が人通りが多く、目立つので丁寧に作られている。

・佐伯城は上から見たら鶴が羽ばたく形をしていることから、佐伯には「鶴」が付く地名が多い。

・佐伯藩は2万石と言われているが、実際は6万石規模だったと言われている。「石(こく)」とは米の量であり、佐伯は海産物による収入が多く豊かな財源があった。

・門は重心が内側にある。敵に攻め込まれたとき、外側に倒して敵を下敷きにしやすいようになっている。

・「歴史と文学の道」は、昔は馬1頭分しか通れない広さだった。

・城下町は、敵に攻め込まれないようにわざと一本道にしていない。これを鍵塀という。

・佐伯藩三泉の1つ「唖泉」。「唖」は、口が聞けないことを表す。これは、洗濯物をするために人が集まったとき、殿様や武士の悪口を言わないように名づけられた。

・城下町の塀が低くて敵に攻め込まれそうだが、これは塀が低いのではなく時代と共に道路が高くなったから。

・番匠川は、昔は2つに分かれていてよく氾濫していた。佐伯出身の建設大臣 村上勇が氾濫しないように改修工事をしたことで文化会館前に銅像が立った。