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学校案内

中津南高等学校のこれまでの概要(草創期より)
2010年11月02日
 

 

 福沢諭吉が「学問のススメ」を出版した明治時代、大分県でも教育に対する関心が高まっていたころ、明治26年(1893年)9月に中津市に「中津尋常中学校(私立)」が建設され、翌明治27年には大分県尋常中学校の分校となる。これが「大分県立中津南高等学校」の始まりである。
第二次世界大戦終戦後、新学制により旧中学校と旧高女をあわせ「大分県立中津第一高等学校」となり、昭和26年には、学校名を「中津西高等学校」と改名。昭和28年、「中津北高等学校」と校舎をそれぞれ分離独立して「中津南高等学校」となる。
分離後も昭和36年まで合同選抜方式をとっていた入試方法を廃止すると、いわゆる「南北戦争」といわれる北高との進学実績を争う時代もあった。こうして昭和の時の流れを経て、県北の進学校の中心となる中津南高等学校が出来上がって行った。
 そして現在、地域の人々が本校の進学に対して持つ関心と期待はたいへん大きなものがある。その期待に応えるため、教職員は努力をし、同窓会や保護者や地域の人々などの協力を得ながら、学業、部活動、ともに大きな成果を修めている。

 
  中津南高等学校のこれまでの歴史  
 
         
明治 26年 9月   中津尋常中学校(私立)建設
  27年 4月   大分尋常中学校の分校となり現在地に新築
  30年 4月   大分県立中津尋常中学校となり宇佐に分校を設ける
  33年 4月   大分県立中津中学校と改称
         
大正 4年 4月   学級増加15学級
  10年 4月   学級増加20学級
         
昭和 9年 8月   図書館落成
  16年 4月   学級増加25学級
  17年 2月   運動場大拡張
  18年 2月   創立50周年記念行事として木造体育館完成
  23年 4月   新学制により大分県立中津第一高等学校となる
旧中学校を第一部、旧高女を第二部と称する
  23年 10月   定時制を置き、柿坂、跡田に分校を設ける
  24年 4月   男女共学となり旧中学を南校舎、旧高女を北校舎と称する
  26年 4月   大分県立中津西高等学校と改称する
  28年 4月   南(旧中学)北(旧高女)校舎をそれぞれ分離独立して、大分県立中津南高等学校と改称する
  34年 12月   創立70周年記念行事として弓道場落成
  36年 4月   北館、宿直室、小使室焼失
  37年 8月   鉄筋2階建て管理棟、3階建て南館落成
  39年 3月   鉄筋4階建て北館、普通教室24室落成
  40年 4月   下毛分校独立して、大分県立耶馬渓高等学校となる
  41年 3月   創立70周年記念ならびに体育館落成記念式典挙行
  41年 10月   第21回大分国体教員バスケットボールが本校体育館でおこなわれる
  47年 4月   第3回全国選抜高校バレーボール大会で女子バレー部全国優勝
  48年 10月   創立80周年記念行事おこなわれる
  53年 9月   本校前庭に、旧制中津中学校校歌碑建設
  58年 3月   体育館西側に柔剣道場落成
  58年 9月   創立90周年記念行事おこなわれる
  59年 8月   本校中庭に旧制中津中学校校詩碑建設
  60年 3月   弓道場改築
         
平成 5年 9月   創立100周年記念式典おこなわれる
  6年 3月   黎明館(セミナーハウス)完成
  6年 12月   創立100周年記念石碑完成
  9年 3月   プール改築
  15年 8月   創立110周年記念庭園完成
  15年 9月   創立110周年記念式典おこなわれる
  17年 1月   パソコン教室空調施設設置
  17年 7月   「第27回全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」でかるた同好会が個人戦A級全国優勝
  17年 12月   普通教室棟(20室)・特別教室棟(3室)空調設備設置
  18年 7月   「第28回全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」でかるた同好会が団体優勝
  18年 2月   校地西側ブロック塀改修
  19年 3月   柔剣道場外階段改修
  19年 7月   体育館床改修
  19年 11月   パーソナルコンピューター更新
  22年 2月   管理棟改築