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校長室

親の老いを考える
2016年03月24日

 親の老いを考える

 平成27年度1学期始業式に全校生徒の皆さんにお話しし、それ以降何度かSA(ショートアセンブリー)で取り上げたテーマですね。年度の終わりにあたって、話の全容をまとめてみましたので、改めて考えてみてください。

  かなしみを容るる器の小さければ 神はわが母にみみしひ賜ふ

 歌人大江昭太郎の歌です。大江昭太郎は大江健三郎の長兄、主に地元愛媛県で活躍した人です。この歌は平成23年4月19日の読売新聞「編集手帳」でも紹介されました。私も昨年度の3学期にお話ししたと思うので、2年生は覚えてくれているかも知れません。

 「かなしみを容れる器が小さいので」とは母親の悲しみを受け止める力が小さいことを表現しており「母親は悲しい出来事にとても耐えられそうにはないので」といった意味になるものと思います。冒頭でそのように断るあたりは単なる事実を述べただけではなく、作者自身が母親を悲しませたくないと思う慈愛にみちた眼差しすら感じます。そのような母だから「神様は母の耳が聞こえない様にされたのだ」と受け止めるわけですね。老いて耳が遠くなった母親に対して、不自由になったと嘆くのではなく、聞こえない分だけ母を悲しませずに済むありがたいことなのだ、神様がそうしてくださったのだ、と受け取った作者の思いが伝わってくる様です。ただ、その背後に老いた母親を悲しませないようにと願わずにはいられない強迫めいた心情があるとするならば、それは何故なのでしょうか。背景としての社会の暗さ、あるいは家族の担った不幸の暗雲を連想せずにはいられませんでした。考えすぎかも知れませんね。たとえば、もし戦争の時代であったならば、老いた親を持つ子どもは誰しも同じ思いに至ったに違いないでしょうね。

 生徒の皆さんにとって親(保護者)とは、強くて、怖くて、うるさい、のだろうと想像します。勿論、優しい存在でもあるでしょう。そんな親が老いることなど、誰も考えていないのではないですか。現在NHKで放映されている連続テレビ小説「あさが来た」で、主人公あさの娘が、暴漢に刺され危篤状態に陥った母に対して「おかあちゃんは一生死なんものと思うてた。」と叫ぶシーンがありました。この言葉がまさに子が親に思うイメージだと思います。しかし、親は老いるのです。いつかは、立場が逆転して親に対して子どもの様に手を差し伸べ慈しみ保護しなければならない日が来るのです。多くの人たちがその日が来ていることを自覚できず、その結果「孝行のしたい時分に親はなし」ということわざが生まれたのだと思います。

 芸術の世界での老いの話では、美術科長秋好先生から石橋美術館で教えていただいた洋画家松田諦晶のことが忘れられません。諦晶は人里離れた山荘で創作活動を続けていたのですが、老いを心配した子ども達が山から連れ帰ろうとした時、創作活動の中で倒れても構わないとばかりに自分の体を柱に縛り付けて抵抗したのだそうです。音楽の世界では、極度の近視で譜面台の楽譜に頼れず常に暗譜により演奏活動をしていたトスカニーニが、突然の記憶障害で劇的な引退を余儀なくされたという話は有名ですね。

 このように、やはり誰にも必ず老いが来るのです。君たちの親も例外ではありません。そしてそれは個々人が想像しているよりも早くに訪れるのだと思います。親の老いを考えるというテーマは、高校時代に一度向き合っておかなければならない重要なテーマだと私は考えています。今から想像し心の準備をしておかなければなりません。美術科の生徒の制作展作品に親への感謝をテーマにしたものが毎年見受けられ、私はとても暖かい気持ちになります。このような思いが本テーマにも繋がるでしょうね。「親(保護者)の老い」を芸術のテーマに取り上げることも素敵なことではないでしょうか。

校長 平井 義人