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校長室

一番じゃなくて良い! ー「比較優位」という希望ー
2016年03月07日

                一番じゃなくて良い! -「比較優位」という希望-

 3月1日に卒業式が無事に終わりました。卒業生の皆さん本当におめでとうございます。そして私の卒業もどんどんと近づいて参りました。  式辞では、「その夢を忘れるな」「自分が一番になれる物差しを見つけなさい」という話をしました。在校生の皆さんもよく考えてみてください。それに対しここでは、卒業生の皆さんもまだ読んでくれるかも知れませんので、「一番になれる物差し」とはちょっと視点を変えた「比較優位」の話をしたいと思います。  私が式辞で述べた「一番になれる物差し」は、一人一人が自分の誇れるところ、誰にも負けないと思うところを見つけて、心のエネルギーにして欲しいという内容でした。ですから、一番という概念は心の問題であり極めて曖昧で良いわけです。誰にも必ず見つけられます。努力して見つけ出してください。しかし、進学や就職となると、問われる技量に対する優劣の判定はシビアです。本当に一番でなければ合格とはならないかも知れません。ところが、経済学には一番ではなくても立派にやっていけるという理論があるのです。「比較優位」といいます。  「比較優位」というのは、イギリスの経済学者であるデヴィッド・リカード(1772-1823)という人が唱えた経済理論です。「政治・経済」の授業では、「比較生産費説」という言葉で学びます。自由貿易が活発になると、貿易は一方的にはならず、それぞれの国が自国の得意産業に特化して、国どおしの分業化が進んでいくようになるということを説明したものなのです。Aという国が精密機械業も織物業もBという国より優位な技術をもっていたとしても、Aという国がより高い技術を誇る精密機械業を輸出の主力にするようになるとそこに力が集中していくために、次第に織物業はBという国からの輸入にも頼るようになる、といった現象を理論化したものです。私はこの理論は生き方の指針にもなると思ったのです。  比較優位とは絶対優位ではありません。たとえ力量がグループ内の一番でなかったとしても、ある条件に適合することで優位性を持ち、その人の能力が必要とされる、という考え方だと理解して良いと思います。  これを具体的に表現してみましょう。芸術を学ぶみなさんですから、現実的な題材として漫画家を志しているBさんの話という設定にしましょう。Bさんは漫画家になりたいと夢をみるばかりで実際にはそんなに秀でた実力を持っているわけではありません。ところが、たまたま家の近くに住む漫画家Aさんが、自作品を認められ連載の仕事をもらうようになり、忙しさのあまりせめて背景処理だけは誰かに手伝ってもらいたいとアシスタントを募集したとします。そうしたら、家も近く忙しい時にはいつでも直ぐに駆けつけてもらえるBさんの存在が目にとまり、Bさんにアシスタントを頼むことになりました。Bさんは背景処理だけをとってもAさんにはかないません。しかし、Aさんは全ての工程を一人でやっていくことは効率が悪く、重要な工程に集中するために自分よりも力量が低くてもBさんに背景処理を任せることにしました。こんな判断が経済的に起こり得るのです。力が劣っていても経済上通用する場合が存在するのですね。そして、Bさんはそこでの仕事からだんだんと技術を覚え一人前の漫画家に育っていくこともあるかも知れません。  こうやって考えると、社会の分業体制のしくみによって、一番じゃなくても通用することもあるということは理解できましたか。そう、一番じゃなくてもいいのです。はじめから一番じゃなくて良いと考えて努力を怠る人は論外ですが、どんなに一所懸命に努力しても一番になれなかった人には福音ですね。ですから、皆さんは簡単に諦めずに自分の夢に向かって粘り強く頑張っていきましょう。ただ、「一定の条件」を満たすためには、好きなことだけではなくいろいろなことを広く学んでおくことが大切になるのではないでしょうか。自分のやりたいことだけに努力を向けるよりも、広くいろいろなことを学ぶ方が近道になる場合もある、ということです。「一番じゃなくても生きていける道がある!」希望の光ですね。

                                                   校長 平井 義人