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校長室

いかに生きるかと「テキスト主義」
2015年06月15日

                     

 今回は「テキスト主義」と生き方というテーマでお話しします。この話は、上級生の皆さんには一昨年度の3学期にお話ししました。私も「テキスト主義」という言葉そのものは平成25年に高松市で行われた全国音楽高等学校協議会の講演会で知ったものです。
 芸術における「テキスト主義」とは、芸術作品を評価するにあたりその作品にまつわる周辺情報を加味する考え方をいうようです。たとえば、作者であるとか制作のエピソードであるとか。そういえば近年こんなニュースがありました。オークションでその昔約3千円で売買された2点の絵が、最近になって1970年に盗難にあったゴーギャンとボナールの絵だと判明したというものです。驚いたのはその後に囁かれた絵の値段です。専門家筋によると14億から43億円の値がつくだろうという話だったのです。絵の作者がゴーギャンやボナールだとわかったそのとたん値段がつり上がる、これがまさに「テキスト主義」だといって良いのだろうと思われます。3千円とされたオークションの評価は何だったのでしょうかね。
 つまり「テキスト主義」とは、一つの芸術作品をその制作した人や制作の背景などを理解して鑑賞する考え方といって良いでしょう。それに対して、芸術作品を何の予見もなくその作品に表れる芸術性のみで鑑賞しようとする考え方もあるものと思われます。そのような考え方に最も近いと考えられるのが「芸術のための芸術」あるいは「芸術至上主義」と呼ばれる考え方だと思います。19世紀のフランスでテオフィル・ゴーティエらが主張した考え方であり、これはエドガー・アラン・ポーの『詩の原理』という本の中に一番わかりやすく表現されていますね。
 ここまでの話を聞いて、皆さんの多くは「テキスト主義」に対して批判的な感情を抱いているのではないでしょうか。絵の評価は誰が描いたかではなく、作品そのものの力で評価すべきだ、と。その通り!作品ひとつひとつの評価を行う場合はそうでなければいけません。しかし、よく考えてみて下さい。芸術とは感動を分かち合うものです。そして人々が芸術作品を見て感動を覚える理由は、必ずしも作品そのものに対してだけではないという事実に気がつきませんか。たとえば、東日本大震災で多くの被害を受けた陸前高田市の「奇跡の一本松」の話は皆さんもよく知っていると思います。大津波に耐えて1本だけ倒れずに遺った松の姿に人々は感動し、訪れた多くの人たちがその松の前で涙を流しました。しかし、同じような枝ぶりの松は全国にいくらでもあると思います。なのに、大津波に耐えて1本だけ遺ったというテキストを持つ陸前高田の一本松でなければ、人々に感動の涙を流させることはできないのです。それこそが「テキスト主義」なのです。これは芸術作品の例ではありませんが、「テキスト主義」の何たるかを最も良く理解できる事例ではないでしょうか。また、私はかつて佐村河内守氏が作曲したとされていた交響曲「Hiroshima」に痛く感動したことを思い出します。それは、曲そのもの以上に作曲者とされた人物の持つテキストに感動していたのかも知れません。
 さて、私がこの「テキスト主義」に関して皆さんに言いたいことは、実はまた別のことなのです。すなわち、この「テキスト主義」を敷衍(ふえん)するならば、芸術家はその作品や演奏だけではなく、その作品の背後にある自分たちの生き方という点においても、人々の感動を与えることが出来るという点です。これは感動を分かち合うことを目的とする芸術家に与えられた特権とも言うべきものかも知れません。私がたとえば棟方志功(むなかたしこう)や山下清(やましたきよし)の作品を見て感動する背景には、彼らの生き方を知っていると言うことも多分にあるものと思われます。芸術家以外ではスポーツ選手もある程度そのような要素を持っているかも知れませんが、勝敗の結果が厳しく求められるスポーツの世界では選手の持つテキストに関わらず成績が残り評価につながるという特徴があり、芸術家ほど表現者の持つテキストが感動に結びつくわけではありません。
 君たちは、このような特徴を持つ芸術に向き合っているのです。芸術家だけがその作品の背後に自身の生き方を感動の要素として盛り込むことが出来る。そう考えたとき、君たちは、君たち自身の生き方をどのように描いていこうと思うのでしょうか。

                                       

                                            大分県立芸術緑丘高等学校
                                                校 長  平 井  義 人