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校長室

"満点"を目指すこと
2013年10月18日

 本校の最も大切な行事である、音楽科の「定期演奏会」(10/26)と美術科の「美術制作展」(11/19~)が目前となってきました。生徒の皆さんはそれに向けて、日夜努力を重ねているところだと思います。


 音楽にしろ美術にしろ芸術の作品を仕上げるにあたって、皆さんは自分の持てる最高のものをその作品に込めようと最後の最後まで努力を重ねているのだろうと思います。そんな君たちに、杵築出身の堀悌吉という人の言葉を紹介します。


 堀悌吉は、明治16(1883)年に杵築の生桑というところで生まれ海軍中将になった人ですが、「戦争は悪」「最後まで戦争を回避する努力をすることが軍人のつとめ」という考えを持ち、大正デモクラシーの時代に、ワシントン会議・ジュネーブ会議・ロンドン海軍軍縮会議にかかわり軍内部から軍縮および協調外交を支えた人物でした。太平洋戦争の前夜においても、対米英戦争に強く反対し、そのために命を狙われ、終に昭和9(1934)年、予備役編入つまり海軍をクビになってしまいました。大分出身の人物で、あの忌まわしい太平洋戦争を命がけで止めようとした軍人がいたということは、私は誇らしくも感じます。また、太平洋戦争のはじまりとなった真珠湾攻撃を指揮したことで有名な、聯合艦隊司令長官・山本五十六の“心友”であったということでも、最近注目を集めています。あの山本五十六も、真珠湾攻撃を指揮する以前までは、堀悌吉の薫陶を受け、対米英戦争に強硬に反対していたのです。
 その堀悌吉は海軍兵学校を主席で卒業するなど大変な秀才で、級友達からは「堀の頭脳は神がつくった」とまで噂される程だったのですが、晩年、周囲の人たちからその抜群の成績について尋ねられて、次のように答えたと伝えられています。

 「私は、一番を取ろうと人と競争するために勉強をしたことは一度もない。ただ、満点  を取る努力をすることが、教えてくれた先生に対する礼儀だと思った」

と。この堀の発言は、残念ながら堀自身による記録類の中からは未だ発見されてはいません。しかし、堀のこのような人柄は多くの人たちが証言するところなのです。


 しかし、芸術を学ぶことを通して、君たちは自らが作り上げる作品が50点の出来でよい・80点の出来でよいなどとは考えず、最後の最後まで“満点”を目指して努力することを、経験しているはずです。この努力は、全てのことに対して同じだと思います。そして、本校の先生方が君たちにとって、“満点”を取る努力をすることが礼儀だと思える存在であったら、こんなステキなことはありません。そうであってくれたら良いなと心から思います。


 勿論、満点を取る努力と実際に満点を取ることとは同じではありませんが、その心意気だけで先生方は嬉しくなって「結果は良いんだよ!」と、叫んでしまうのではないでしょうか。今度の「定期演奏会」や「美術制作展」を通して、そんな心の交流があることを願っています。生徒の皆さん、頑張って下さい。