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校長室

"今"を大切にすること
2013年08月22日

                                                     今を大切にすること

 夏休みも終わりに近づきました。芸術緑丘高校の生徒の皆さんは、この夏休みに大きなコンクール等の発表の場を迎え、充実した日々を過ごしているものと思います。休みとはいえ多くの生徒が毎日学校に登校してレッスン室や美術教室が大賑わいであったことも、その充実ぶりを物語っているようですね。そこで、私が終業式にお話ししたことを振り返りつつ、「今を大切にする」ことについて改めて考えてみたいと思います。
 国文学者佐竹昭広さんに『古語雑談』という著書があります。この雑談という言葉は「ぞうたん」と読むべきようで、佐竹さんによると「ざつだん」と読むようになったのは明治から後のことだそうです。私たちの生活にとってとても大切な潤滑剤にユーモアすなわち「冗談」がありますが、この言葉は「雑談(ぞうたん)」を語源とするそうで、その意味で「雑談」は人間が円満に生活していくためにはとても大切なものなのだ、ということにこのタイトルは気づかせてくれます。
 この本の中に、「懶惰(らんだ)と懈怠(けだい)」という項があります。私はその内容にとても驚きました。どのような内容かというと、「無精(ぶしょう)」には「懈怠」と「懶惰」の二種類があるということ。ただし、佐竹さんが定義する「無精」は、怠け心等によって今をおろそかにすること、という意味があるようです。まさに今回のテーマです。
 その今をおろそかにするものに先ずは「懈怠」があり、その意味は、今日の所作を明日なすこととあります。ここまではすぐに了解できる話なのですが、問題はその先、「懶惰」の定義です。「懈怠」との対比で考えれば想像できるかと思いますが、その意味は明日の所作を今日なすこととされているのです。これには正直驚きました。私たちの考えでは、仕事を前倒して行うことには、賞賛こそされ「無精」だとする考えはないように思うからです。しかしよく考えてみれば、明日の仕事を今日やれるとするならば、その今日の中身は、所詮明日のことまでやってしまえるほど希薄なものに過ぎなかったということになります。私は、先の仕事を前倒して行うことを全てだめだとは思いません。しかし、かけがえのない今を大切にするために、昔の人々は「懈怠」と「懶惰」の二つの方向からの戒めを持っていたということを、知っておいてほしいのです。時間に追われて生活するようになってしまったためか、私たちは「今」を通り越してむしろ明日が円滑に過ぎるために全力をあげるような発想を持つに至ったのかも知れません。しかし「今」を大切にしない限り、充実した生き方にはなりません。芸術の大成をめざす皆さんにとって、大切な考え方ですね。焦らず、「今」を大切にした生活を組み立てていくべきなのです。
 日々を大切に過ごす。このことを最も意識させられる夏休みにこそ、じっくりと考えてみたいことです。もし、この夏この目標に失敗してしまった生徒がいたら、改めて「今を大切に」して日々生活することの難しさを肝に銘じ、その術を身につける努力をして下さい。そのためにはまた逆に、過ぎてしまった夏休みを悔やみすぎて投げやりになり、却って今を失うことだけは繰り返してはなりません。秋には音楽科・美術科ともにその成果を問われる大切な行事が待っていますね。それに向けて、毎日を大切にして生活しましょう。

                                                                                        大分県立芸術緑丘高等学校
                                                                                            校長 平 井  義 人