全日
普通科
全日
HOME > 学校からのお知らせ > 平成28年度卒業式式辞

学校からのお知らせ

平成28年度卒業式式辞
2017年03月01日

 馥郁たる梅の香が漂い、太陽の光に暖かさと輝きが増して、ここ十王台にも確かな春の訪れを感じる季節となりました。春風は新たな一歩を踏み出す若者の背中を押すかのようにやわらかく吹いています。
 本日ここに 大分県議会議員 衛藤 明和様、 杵築市長 永松 悟様、を始め多くのご来賓や保護者の方々のご臨席を賜り、大分県立杵築高等学校第69回卒業証書授与式を挙行できますことを心より感謝申し上げます。
 ただいま、卒業証書を授与しました195名のみなさん、卒業おめでとう。心からの祝福を贈ります。
 中学生の面影を残した顔つきのまま迎えた入学式以来、今日まで過ごした3年間、皆さんの脳裏には多くの友人たちと机を並べながら、喜び、苦しみ、悩み、楽しみ、時には涙し、そしてみんなで笑った思い出が鮮やかに刻まれていることと思います。時に切なく、時にほろ苦く、でも甘く懐かしく、必ずや皆さんのこれからの長い人生の中でかけがえのないワンシーンとしてよみがえってくるものです。どれだけの思い出がみなさん一人ひとりの胸に詰め込まれていることでしょうか。この学び舎で過ごした日々は血となり肉となって、みなさんの今を形づくり、また将来の糧となるに違いありません。
 かつてある大学の入学式で学長が「今日からは君たちを大人として扱う」と語りかけたことがあります。高校を卒業したら大人の振る舞いをせよ、という内容で強く印象に残っています。18歳で選挙権を与えられた今はなおさらその自覚が必要です。なぜなら権利を与えられるということは同時に社会に大きな責任を負うことになるからです。
 アメリカ35代大統領ジョン・F・ケネディは大統領就任演説で、集まった大観衆にこう呼びかけました。「アメリカ国民のみなさん、国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるか、それを自分に問いかけてください。」アメリカ国民に覚悟と行動を求めた言葉でした。これに倣って今改めてみなさん一人ひとりにこの問いかけをしたいと思います。卒業、すなわち社会への第一歩にあたって「あなたはこれから社会のために何をするつもりですか。これからあなたが果たすべき義務や責任とは何ですか。」
 世界は今激動の時代を迎えています。国内では少子高齢化、格差社会の問題に加えて東日本大震災からの復興や原発事故による汚染などは未だ解決されず、世界では領土問題や政治的、宗教的対立・貧困・人種差別問題などに端を発する内戦や紛争などは解決の糸口すら見いだせません。利己的、排他的になりがちな昨今の風潮も大きな懸念材料です。このように次の世代に積み残した課題はあまりにも多くかつ深刻で、先の見えない不安が将来への希望を覆い隠しているかのようです。このような時代において若者に「夢を持て、希望を語れ」と押しつけるのは大人の身勝手かもしれません。しかしどのような状況のもとでも常に未来はみなさんのような若者に託され、若者によって未来が開かれていくこともまた間違いないのです。将来には不安材料が山積していますが、若者の最大の強みは多くの時間を持っていることです。その長い持ち時間をうらやましく、そして頼もしく思っています。
 思えば3年前、私自身杵築高校に赴任してきたばかりの4月、新入生だったみなさんと初めて出会いました。それからともに歩んできた日々、そして迎えた本日の卒業式、まさに「光陰矢のごとし」という月並みな言葉でしか形容できないほどの早さでみなさんを送り出すような気がしています。
 入学式では黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンの言葉を紹介しました。『不可能の反対語は可能ではない、挑戦だ。』伝えたかったことは「やるぞ!」という強い気持ちが何より大切であり、その気持ちこそが不可能をも可能にするのだということでした。同じく『為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の為さぬなりけり』という上杉鷹山の和歌も引用して、挑戦する気概、行動を起こす勇気を持ってほしい、失敗を恐るるなかれ、失敗とは、やってできなかったことではなく、「やろうとしなかったこと」を指すのだと述べたことを覚えています。あれから3年、あなたがたは何に挑み、何につまずき、そして何を掴みましたか。
 今日の卒業式にあたって、最後に何を伝えようかと考えて、一人のサッカー選手の言葉を紹介することにしました。
 1998年サッカーワールドカップフランス大会での出来事です。フランス対イタリアが激突した準々決勝は0対0のままPK戦に突入しました。四人が終わった段階で3対4とリードされたイタリアチームの五人目はルイジ・デイ・ビアジョ選手、外したら終わりという絶体絶命の状況でルイジ選手が蹴ったボールはしかしむなしくゴールを外れイタリアは敗れました。試合終了後泣き崩れるルイジ選手にすぐに歩み寄ったのはイタリアの英雄と呼ばれたロベルト・バッジョでした。そして彼はルイジ選手の肩を抱いてこう言ったのです。
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
   この話には別に興味深いエピソードがあります。実はロベルト・バッジョ自身がその4年前のワールドカップの決勝で、外したら終わりという絶体絶命の場面で最後のPKを外したその人だったのです。この大会では準決勝まで獅子奮迅の活躍でチームを導いてきたロベルト・バッジョでしたがこのPKの失敗で優勝を逃した責任を一身に負ったのでした。
 「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ。」
 泣き崩れるルイジ選手にかけた、ロベルト・バッジョのこの言葉を、自らもPKを外したバッジョの負け惜しみ、開き直りと批判することもできるでしょう。しかし、PKを失敗したからといって、彼らが「大舞台の、誰もが尻込みする場面で、チームの代表としてボールを蹴った」、ということを忘れてはいけません。もし100%成功するとわかっていたら、誰でも蹴ることができます。しかしどうなるかわからないからこそチームは彼に最後のキックを託し、そして彼もまた心臓をわしづかみにされるほどの緊張感の中でPKに挑んだ・・・。結果として失敗はしたけれども、彼はPKを任されPKに挑んだ自分に誇りを失わなかった、それが「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ。」という言葉になったのだと思います。
 結果を恐れていては挑戦はできません。行動しなければ次のステージに移れません。止まっていては前に進めません。是非とも「逃げ出さず、PKに挑む勇気」を忘れないでほしいと願っています。
 先日講演をいただいた植松努さんは言いました。「失敗したらどうしよう、と考えるのは無意味、そうではなくて、失敗したら、じゃあどうしたらいいかを考えればいい。」またこうも言いました。「あこがれをやめなければ成長できる。夢を持ち続ければ成長できる。」そうです、前を向いて挑戦し続ける限り成長できるのです。まさに植松さんの座右の銘のごとく、「思いは招く」のです。
 「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」最後にこの言葉を贈ります。どうかみなさん、ゴールを外す恐怖におののいてもいい、それでもボールを蹴ってください。
 保護者の皆様に一言ご挨拶申し上げます。この3年間、本校の教育にご理解とご協力を賜り心より感謝しています。まだ幼さをとどめていた3年前を思い出して今の晴れやかな顔と見比べてください。確かな成長を感じられることでしょう。澄んだまなざし、端正な身だしなみ、素直で飾り気のない人柄、学びに向かうまっすぐな態度、長所を挙げればきりがありません。本当にすばらしい生徒たちでした。お子様は今日立派にこの学び舎を巣立っていきます。おめでとうございます。今まで本当にありがとうございました。
 春風や 闘志抱きて 丘に立つ (高浜虚子)
 3年前の入学式、ここ十王台で高校生活のスタートを切るみなさんをこの高浜虚子の句で迎えました。今日も、ここ十王台から新しい世界に飛び出していくみなさんの決意と闘志に夢を馳せ、同じ句で送り出すことにします。
  春風や 闘志抱きて 丘に立つ  
  春風や 闘志抱きて 丘に立つ

 十王魂よ 永遠に 
 みなさんの未来に幸あれ、と心から祈ります。卒業おめでとう。

 

        平成29年3月1日
                                                                  大分県立杵築高等学校
                                                                    校 長 大久保和弘