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学校からのお知らせ

平成28年度1学期始業式 校長式辞
2016年04月08日

おはようございます。

今年度は、別府青山高校がいよいよ閉校する最後の1年になりました。3年次が最後の卒業生として堂々と胸を張って卒業する、そうした1年間にしてもらいたいと思います。そのためには、先生方にも頑張ってもらいますが、3年次生諸君の健闘を期待します。

さて、この1年間、私は色々な場所で、「青山高校のよき伝統を」「青高魂を」「青き心を」引き継いでもらいたい、という言葉を耳にしました。いつも思うのですが、「青山高校のよき伝統」とは何でしょうか。「青高魂」「青き心」とは何なのでしょうか。

 

青山高校の歴史は実に波乱に富んでいます。

1964年の今から52年前に女子高校として学校が創設されました。その頃から女子生徒の高校進学率が上がってきたために、その受け入れ先として女子校が作られたのです。女子高としてスタートしてから13年後の1977年、今から39年前ですが、青山高校は鶴見丘高校と合同選抜になって、同時に男女共学になりました。そうなった背景には、激しくなった受験競争を改め、高校の格差をなくすためです。また、女子と男子の高校進学率が変わらなくなってきたこともありました。その5年後の1983年は、第2次ベビーブームで生まれた子どもたちが高校進学期を迎え、学校が不足したのです。そこで別府市には羽室台高校が作られ、青山と鶴見と羽室台3校の合同選抜になったのです。しかし、その11年後の1994年、今から22年前ですが、合同選抜が持つ問題点が指摘され始め、全国的にも進学先の自由化が言われ始めて、合同選抜をやめてそれぞれの学校が単独で選抜する入試に変わったのです。そして2006年、今から10年前に単位制の普通科高校になりました。それまで全日制の高校には単位制は認められていなかったのですが、国が丁度、規制緩和を進めているときで、教育における自由化や特色化を言い出しことと符合します。そしてそれから10年後に今年度に閉校を迎えるのです。

こうしてみると50年間の歴史の中で、約10年おきに別府青山高校はその形を変えてきたことがわかります。

 

大きく分けても、女子高時代、合同選抜になった男女共学時代、そして男女共学だけれども単独選抜の時代、それぞれで、この学校の雰囲気は大きく変わってきたことは間違いありません。だから、私が耳にする「青高魂」「青き心」「よき伝統」とは何を言っているのでしょうか。

私はきっと何かあると思います。あるはずです。それが果たして何なのかこの青山高校最後の1年間、考え続けたいと思います。

 

昨年度は、東京と福岡にあるそれぞれの青山高校の同窓会に招かれていくことがありました。1月は別府市役所の中にある青山会という同窓会にも招かれました。

参加した人たちは、とても皆さんたちのことを思ってくれています。福岡では、3年次生を「青山高校最後の生徒にしてしまって申し分けない。」とまで言う人がいました。翔青高校の生徒たちのことを話すと、「自分たちとは校名も校歌も違うけれど、思いの詰まった教室や体育館やグランドを使っているのなら、間違いなく自分らの後輩ですよ。」と言う人もいました。同窓生のあの思いは何処から来るものなのでしょうか。私はこの1年間、それを考えて行きたいと思っています。

 

ただ間違いないことは、皆さんの先輩たちは心のそこから青山高校の3年次生の皆さんたちのことを応援してくれているということです。先生たちもそうです。2年次生も皆さんを応援してくれています。きっとそうです。

ですから、この最後の1年間を、青山高校最後の生徒としてという気負いではなく、最後であろうとなかろうと、それぞれに悔いが残らないよう、毎日の高校生活を大切に過ごしてください。やって失敗した事は後になって笑い話にできる。しかし、やらなかったことは後から後悔するものです。

そして、翔青高校の2年次生の皆さん、来週は翔青高校の後輩が入学してきます。入学してくる生徒たちに対して私はあなた達の先輩なのだ、といえる自信はついていますか。その準備は出来ていますか。

高村光太郎の詩「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる。」ではありませんが、翔青高校の前に道はないわけではありません。青山高校を卒業した先輩たちが、遠くから皆さんの足元を暗いときは照らしてくれています。

 

では、平成28年度が3年次生、2年次生のそれぞれにとって佳き1年であること、そして別府青山翔青高校にとって素晴らしい1年であることを期待しています。一緒に頑張って行きましょう。